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リラ冷えの街 [books]

リラの咲く頃、急に気温が下がることを、リラ冷えと呼ぶ。
その言葉を世に広めたのがこの物語、と知ってから、6月に読むと決めていた。
のに、図書館になかなか置かれておらず、じりじりしていた。
ここ数日異様に寒い(最高15℃くらい)ので、ぴったり。

リラ冷えの街(渡辺淳一 河出書房新社)

リラ冷えの街

リラ冷えの街

  • 作者: 渡辺 淳一
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 1987/03
  • メディア: 単行本


北海道新聞日曜版に1970年7月から半年連載されたもの。
単行本は1987年発行。定価980円、などと印刷されている。
リラ、すなわちライラックを思わせる薄紫色の表紙(アマゾンの画像はおかしい)。
ほぼ半世紀前の、札幌を舞台にした物語。

羽田空港の十九時十分発の札幌行に乗るために、午後七時に着いた主人公有津。
搭乗受付でシート番号を受け取る、という仕組みがもう、よくわからない。
電光掲示板などではなく、すべて手動だったらしい時代を冒頭から感じる。
空席待ちで呼び出される女性の名前に覚えがある。彼女は有津の隣に座った。

学生時代、先輩の医師に請われ、アルバイトで人工授精に協力した有津は、
無理やりその相手の名を聞き出し、ずっと忘れずにいた。
北大植物園で泥炭の研究をしている34歳。
見合い結婚で五歳の娘がいて、宮の森で一軒家に暮らしている。
宗宮佐衣子という女主人公は未亡人となり、人工授精でもうけた小五の息子と
実家の札幌円山へ戻ってきたところ。


 すべてが他国から来た者同士のサッポロの街に、ライラックはよく似合う。それは菊でも桜でもいけない。明治に築かれたサッポロは、紫色の冷え冷えとしたリラでなければ似合わない。ライラックを見ながら、有津はそんなふうに思う。
(四章より)


ライラックの咲く頃、植物園で親子を目撃した有津は、声を掛けて親しくなる。
佐衣子は有津がアルバイトをしたことを最後まで知らずにいるが、
二人は惹かれ合い、やや強引な有津の主導で男女の仲になり、
想いを秘めた日々を悶々として過ごす。
有津の妻の妹は独り暮らしを始め、中年医者の愛人となっている。
彼女に、佐衣子と一緒のところをみられ、秘密を共有することに。

一方、ためらい抗いながら、結局どうしようもなく受け入れてしまう自分を
正当化しようと思い悩む佐衣子。亡き夫には感じなかった思いがある。
判で捺したような変わり映えのない日々で、ほぼ唯一の秘密と情熱。
親には再婚を勧められ、その気はないが、仕方ないとも思い始める。


 リラの花は盛り上がるように咲きながら、淡く冷え冷えとしていた。優しさをふりまきながら一点、寄せつけぬところがあった。燃えているとも、枯れているともいえぬ中庸なところがあった。作られたよそよそしさがあった。リラはどうみても南の花ではなかった。北国の、どこからか移し植えられた花であった。百年経ても、リラはそのよそよそしさを変えてはいない。
(十四章より)


リラは、色白で美しい佐衣子の象徴として描かれる。
人工授精という経験を持ち、夫を亡くし、心に冷えたところのある女性。
計算高いわけではなく、悲観的に過ぎるわけでもないが、
意志は強く、いざとなると一人で行動する力もある。
科学的に、ではなく生きた人間同士で結ばれたいと思ってきた有津は
どこか無邪気で、その分無責任でもある。出会いは運命だと信じてしまう。

冬の晴れた空を見ても、次にいつ雪が降るかと不気味さを感じる描写など、
とにかく冷えた印象が物語全体を覆っている。晴れていても明るくない。
佐衣子は有津の子を妊娠してしまうが、話し合って、堕胎することになる。
それを機に想いも断ち切り、再婚することを一人で決める。
会って約一年後、再びリラの咲く季節に二人は大通り公園で別れる。

薄野の大きな喫茶店「チロル」が実在したかどうかは不明だが、
有津は娘と円山動物園でコーヒーカップに乗る。
佐衣子は四丁目のデパートで息子に零戦機のプラモデルを買う。
北海道神宮の祭りの日から衣替えで、袷から単衣に変わる。
出張でサロベツ原野や標津へ、銭函に海水浴へ行ったりする。
冬場はオンドルで部屋を温めて、タクシーはチェーンを巻いている。
今でもありえない光景ではないが、一昔前の空気が色濃い。

叶わぬ男女の愛情を冷ややかに描いた、古臭い陰鬱な物語。
と、切り捨ててしまえないのは、これが住んでいる街だからか。
この物語に、心底幸せを謳歌している人間は子ども以外に出てこない。
憤りや失望を胸に抱え、しかしそれを表には出さない大人たち。
燃える思いに任せて突っ走る年齢ではないと、分別と諦めを身に着けている。
読み手にも、二人が最終的にうまくまとまるとは思わせない。
愚かな行為という描き方はしないが、冷めた繋がりを常に意識させる。
実際のリラ冷えの日に読むと、心も冷え込む本。
星2つ。

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