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最後の秘境東京藝大 [books]

上京ついでに、知人たちに会ってもらった、のではなく、
人に会うついでに東京を歩いた、というほうが正しい。
わざわざ休みを取ってもらって、隣県のK氏にも時間をいただく。
在住時も降りたことのない駅の、うすら寒いカフェでケーキなんぞ食べ、
堂々とK氏を記念に盗撮し、こんな本を借りた。

最後の秘境東京藝大 天才たちのカオスな日常(二宮敦人 新潮社)

最後の秘境 東京藝大:天才たちのカオスな日常

最後の秘境 東京藝大:天才たちのカオスな日常

  • 作者: 二宮 敦人
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2016/09/16
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


ショッキングピンクの広告帯に、全国書店で「売上1位」続出!
と書いてある。眉唾だ。奥付を見る。
一か月半で6刷になっていて、唾を拭いた。

はじめに、とあり、奥様は藝大生と始まる。
作者の妻が現役藝大生で、その言動が面白く、学校を調べようと思いつく。
ここを読み終わってもまだ、これが小説だと思っていた。

本編に入り、少しして、ドキュメンタリーだと気付いた。
そのくらい妙な世界の話。
上野の東京藝術大学。美術学部(美校)と音楽学部(音校)が向かい合う。
学生の見た目も、やっていることも、全然違うのに、同じ大学。
緩い雰囲気で、作品がそこらに転がっている美校。
緊張感が溢れ、練習室やホールで腕を磨いている音校。

様々な分野に所属する学生の話を聞いて、両者を比較していく。
絡繰り人形に没頭する天才、家族のように徹夜で作品の番をする、
祭で大真面目に神様に扮したり、教授は劇薬でも素手で触る。
行動がおかしいのは美校。
楽器がないとハワイでも暇、感動する音の探求に人生を重ねる、
カワイイ邦楽を発信する、考古学者のように楽譜を読む。
脳内がおかしいのが音校。

誰もが好きで仕方なくそれをやっているのではないが、
家族からの反対を押し切って入る人が多い。
モノづくりとは、と問うと学生はしばし考えてから

「人生そのもの、ですかね」
「それがなくては生きていけないということですか?」
「いえ。他にやりたいこともないっていうか。変な言い方ですけど」
(略)
 なぜだかわからないけれど、この世界に戻ってきてしまう。何をしていいと言われても、結局モノを作ってしまう。そんな自分に、彼ら自身も戸惑っているようだった。
(「7.大仏、ピアス、自由の女神」より)

「音楽って、生きていくうえでなくてもよいものなんです。でも、長い年月をかけて発展してきました。やっぱり・・・・・・なくてはならないものなんだって思います」
(「11.古典は生きている」より)

卒業後は約半数が進路未定。
不安を抱える学生もいれば、肯定的な人もいる。

「将来のことは何にも考えてないですね。その時その時で、面白いと思ったことをやっていこうかと。レールに沿って何かをやって行けば成功するとか、そういう世界ではないと思うんです。
(略)
やりたいことをやっていたほうが、周りの人も見ていて楽しいじゃないですか。それこそが結局は、社会のためになるのかなと」
(「12.「ダメ人間製造大学」?」より)


頭おかしい人がいっぱいいいて、自由で楽しいという学生。
環境的にここでしかできないことがあるという学生。
それぞれが何かしら思いながら日々を過ごしているらしい。
さらに、互いの専門分野に畏敬の念を抱いてもいる。

若い考えだとは思う。
けれども、そういう若さ、頭の硬さ、あるいは柔らかさがなければ、
藝術は生み出されないものかもしれない。
実年齢と若さは関係ない。
垣間見る異様な環境が、面白かったり怖かったり、読むのは楽しい。

ただ、芸術家だけが変人天才ではない。
数学や物理、天文のような数字の世界の人々も、
詩歌など言葉の世界、動植物や料理など自然の世界の人々も、
突き詰めると皆変人だ。
詳しくない人間から見ると、専門家というのは天才に違いない。

おそらく誰にでも、他より得意なものがあり、本人の好みとは関係なく、
なぜだか露出してしまう。
それが職業や人生に直結するとは限らないだけ。
芸術がなくても人間は生きていけるだなんて、学生がいうのは意外だった。
確かに金と時間のかかる高嶺の世界ではある。
ただ、そこにいる人がそう思ってしまったら、いけないのでは?

おかしいけれども、やっぱり、学生は学生。
教授たちや、経営陣、学生の親などの話もあれば、もっと面白かったろう。
星3つ。
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