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シネマ・ヤマトタケル [etc...]

原節子さんの訃報をきき、またひとつ、心に穴が開いた。
もう随分前に引退されて、あの美しさのまま、永遠にいらっしゃるのだと、
そんな気がしていたのに、やはり現実に亡くなってしまうと、感じ方が違う。
一人の死だけでなく、原さんのいた時代が、完全に過去になってしまうような、
無理やり切り離されるような、痛みがある。


シネマ歌舞伎、ヤマトタケルを観た。
もう何度目だろう。
博多座で実際の舞台に度肝を抜かれて以来、好きな演目一位である。
シネマ歌舞伎として上映されるたび、どこかで観ている。


現在の猿之助および中車襲名披露興行で、シネマになっているのは新橋演舞場のもの。
二回の休憩含め4時間あるため、他のシネマ歌舞伎よりは料金が高い。
それでも、実際の歌舞伎を観に行くよりはずっと安上がり。
引きの全体像は掴みにくいが、衣装も表情も舞台装置の細かな部分もよく見える。
生の舞台の感動や興奮を100とすれば、シネマも60くらいにはなる。

あの、型破りな襲名挨拶から始まる。
鈴の音と共に、ぼやーっと浮かび上がる二人。
福山さんからの祝い幕。
そして、ついに本編が始まる。
これもまた普通の黒御簾とは違う種類の音楽。あの旋律は既に耳にへばりついている。

おはようございます、という台詞から、物語が動き出す。
不気味な形相の帝。無垢な顔立ちの小碓の命、のちのヤマトタケル。
舞台上には非常に多くの人間がいるのに、必要なとき以外は目立たない。
そして次の場面では、兄と弟を早替りで演じるため、ほぼ一人。
こういう、メリハリが実に巧妙である。

あらゆる面で、計算し尽くされた舞台。
たとえば色。
帝のいる場所は多色。現在の九州・熊襲は緑。相模の国は燃える赤。蝦夷への海路は青。
ヤマトタケルは質素な白い衣装から、だんだんと色味を帯び、華美になっていく。
最後の山神のもとでは、「人間の最大の病」の傲慢さを得たかといわれてしまう。
臨終の場では灰色で、死後は再び白い世界に。

主人公が常に正義の勧善懲悪というわけでもない。
どちらかといえば憎まれ役である。
敵として攻められる側のほうが、素直で真理を知り嘘をつかず信念を曲げない。
ヤマトタケルは心優しく武術に長けているが、常に悩み嘆く。
女たちからは愛されるが、彼が一番欲しているのは父の愛で、想いはすれ違う。
男女の恋物語でもあり、親子の悲劇でもあり、主従の美談でもある。

台詞は、ほぼ現代語だが歌舞伎らしい節回しもあり、軽やかさと重厚さをもつ。
セリや廻り舞台を駆使して、立ち位置や引っ込みはいつも美しい。
転換ひとつとっても、無駄が一切ない。瞬きするのも惜しい。
衣装変遷は圧巻で、細部までじっくり眺めていたい。
ヤイレポの髪飾りのふさふさには毎回心を鷲掴みにされる。

最後もまた歌舞伎としては珍しいカーテンコール。
タケヒコたちが、遺言通り樫の葉をつけているところで、じんとなる。
にくい演出だ。
さらに再び幕が上がり、猿翁丈が立っている、とわかっているのに毎回目が潤む。
この素晴らしい舞台の創始者でもある名優が、ラフな格好の素顔で、無言のまま礼をする。
着飾った甥の猿之助と、息子の中車に挟まれて立っている。
あれがすなわち、歴史である。時代の移ろいを見せつけられる。
悲しいのやら嬉しいのやら、わけのわからぬ感情が湧き出す。

拍手喝采。
これからも・・・従います!


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